2022 (Japanese) =============== 研究予算についての記事(2022-02-12) --------------------------------------------------- 研究予算に関係していそうな記事の覚え書き。 * `米国NIHがいきすぎた「選択と集中」を是正へ `_ (2017/05/06) * `数量解析で探るノーベル賞級の知の創出プロセスの特徴 `_ (2022/01/21) * `Science funders gamble on grant lotteries `_ (2019/11/20) * `ここがネック、国の「基礎研究支援」の成果が出にくくなった理由 `_ (2021/06/08) 選択と集中 (2022-01-14) --------------------------------------- `予算配分について `_ で、大学の予算配分における選択と集中について考えてみた。 初等的な内容だと思うが、あまり大学の予算配分においてこのような議論を私はあまり見かけることがない。 なぜだろうか。的外れな考察ということか? 以下、結語を抜粋する。 以上の考察は極めてシンプルなもので、現実はこれほど単純ではないだろうが、一つの示唆を与える。 それは、 **収穫逓減があれば投資の極端な選択と集中は非効率である可能性がある** ということだ。 選択と集中が望ましくないと考えられる理由は他にもある。 選択と集中はギャンブルであり、ミクロのレベルで行うべきで、マクロのレベルで行うべきではない。 例えば、国全体の経済からすれば企業はミクロな存在であり、 それぞれの企業が経営判断によって選択と集中を行った場合、 成功して成長する企業もあれば失敗して大きな損失を被る企業もあるだろう。 しかしながらそういったランダムネスは国全体のレベルではランダムさが互いに打ち消しあって(**大数の法則**)、 マクロなレベルではギャンブル性は薄れるだろう。 他方、国全体の大学研究の予算を選択集中した場合は失敗した場合の損失は極めて大きなものになる。 企業というミクロの視点で国というマクロな存在の政策を考えることは慎むべきではなかろうか。